回り続ける世界で

日々の雑感を書きます。

痩せることにする

子供のころから痩せ気味で、太ることとは無縁で生きてきたのだが20を超えたあたりから年1kgずつ増えて今じゃすっかり中年太りのおじさんである。

ちょっと食事を気をつけて、運動をちょいとすれば痩せるだろうと甘く考えていたけれど、ちょっと気をつけたぐらいでは焼け石に水といった風情だ。

薄着になると出っ腹が気になるので、気持ち引っ込めたりしてるせいで何もしていないのに体力を消耗してしまう。(しかも結局は出ている。)

 

まずは、体重の記録をこまめにつけるために、体重計を新調することにした。

条件としては、自動で記録がiphoneに飛ばせる機種であること。ついでに体脂肪率も測れると尚良しってことでアマゾンで検索した。

 

 機能の割に安くて正直最高である。測定までの時間も早い。

これに朝晩乗って、目指せ-10kgとしたい。来年の夏までに。。

 

淡々と

テンションがどうのこうのと言わずに、心静かに淡々と目の前の仕事を順番にこなしていく方がいいのかな。

 

出来る奴はみんなそうしてるのかな。パソコンだって、熱くなったり、煩くなったりしないほうが良く動くもんな。

 

でもそれって死んだ目をしたおじさんになっちゃわないかな?

それこそ他人の目を気にし過ぎなのか。

誰だよ不惑の40って言ったの。むっちゃ悩むやん。

責任がおっかぶさってくるから余計に悩むわ。

自分の伸びしろにも疑いもつわ。

いろんな事に追われまくって時間はないわ。

やればやるほど知らないことが出てくるし。

全然心が休まらんがな。

 

世の皆さんも実は悩んでたらするのかな。

エンジンが切れそうになったら

テンションや勢いというのは、日々変化する。

今日はやるぞー、むっちゃ頑張るぞー

っていう日もあれば、どっちかっていうとずっと寝ていたいという日もあって、仕事辞めたいとか早期リタイアしたいなんて思う日もある。

 

どっちが本当の自分で、生きたい人生なんだろうって考えてみても答えはいつも流動的だ。

 

面倒くさい仕事や人間関係が煩わしい時もあれば、それが楽しい時もあって、自分の一貫性の無さに困惑する。

 

モチベーション革命は読んだ。あまりに言い当てて来るもんだから3回読んだ。

渇けない世代というのは、上手く言い当てていて、欲望に忠実に走るには、僕の生活は満たされて過ぎている。好きな事に対して偏愛を持って没頭、その過程で仲間を見つけて共助していければきっと充実感に満たされる。

 

ような気がする。

 

気がするだけなのは、今の僕はライスワークに従事しているということなのか。ライフワークにシフトする過程で今の悩みや困惑からは解放されるのか。

通勤用リュック購入しました。

2017年4月から単身赴任で週末婚スタイルでこの半年ほど働いましたが、この度新幹線通勤に切り替えました。なんと家から職場まで往復4時間という大移動です。

つか、本当に可能なのか・・・と思ったけど、実際不可能ではない。

ないが、朝は早く、夜遅い割には仕事できる時間は少ないという、ツラミがあるが子供や奥さんと少しでも長く時間を共有するためには仕方がない。と、思い切って踏み切った次第である。

 

新幹線や在来線、徒歩、バスを駆使しての移動であるため、その移動時間の有効活用が急務と考え、必要なアイテムを急ピッチで揃えているところ。

 

まずはカバンから!とあれこれ迷って買ったのはこれ。

[サムソナイト] バックパック CITYVIBE シティバイブ エキスパンダブル 拡張機能 15-16インチPC対応 42V*09004

 

両手が自由でないと、何もできないということでカバンをリュックにしました。

以下が選考基準

①耐久性

②軽さ

③PC等精密機器を保護できる機構

④容量

⑤床に置いたとき自立すること

⑥デザイン

 

画像もなしに・・・と思ったので、ご紹介していきます。

ご覧の通り自立します。立てかけておくのが難しいときありますからね。ゴロゴロ転がらないのは素敵です。

後ろから。メッシュで蒸れにくく、スーツケースの取っ手にドッキングできる機構もついています。

 

左右のポケットはペットボトルホルダー兼、モバイルバッテリーの収納場所として活用できます。

 

 

一番手前のポケット。結構深い。文庫本でも長財布でも余裕で収納できます。毛玉スウェットの足が写ってしもーたー。

二番目。ケータイとか名刺とかいれるスペース。って感じだけどケータイは普通スーツのポケットに入れてるので、モバイルWifiをいれる場所として活用する。

3番め。ここも本とか書類とか弁当とか白衣とか。広いのでなんぼでも入りそう。そんなことしてるから荷物が多くなるのだが。ケーブル用メッシュポケットはここにある。もつれたり、探したりはかなりのストレスなので、助かる。

4番目。一番後ろのスペース。PC収納ポケット。ipad用スペース。PCとipad両方持つこともあるかもしれんがさすがに too much感が。職場にも家にもPCはあるわけで。学会とか?

expandsファスナー。

 

開けると容量が増えます。

最期に背部のパスポートなど、貴重品をいれるところ。現金を少しここにでもいれとこうかな。

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2番目スペースと3番目スペースの間がでっかいポケットになっているので雑誌等をいれるのに最適。画像じゃわかりにくいけど、マグネットでパチっとひっついて閉まります。気持ちいい。

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案外と長くなりましたが、通勤の相棒としてこれから大切に使っていこうと思います。

 

 

俺のiphone7plusはよく割れる

今年度2度めの破損ですよーっと。

 

私は今時珍しい、iphoneをノーケース、ノーフィルムの裸で使う派なんです。

ジョブズの哲学がどうのこうのとか言うのは全然知らないんですけど、ただ単にこれっていうケースに出会わなかったのです。

フィルムの方は新品を買う度にせっかくだから貼ろうかなって一番高い奴を張るんですけど、あれはケースをつけないとあっという間に剥がれて汚くなるんで、貼らなくなりました。

 

数分で数千円がゴミになりましたからね…

 

前回はdカードゴールドの保険を使って直したので、実質無料で復活したのですが、年に1回しか使えないので、今回はドコモの保険を使いました。つーか保険入りすぎかもって思ったけど使ってるんだから仕方ない。

こちらは11000円発生したけど、ポイントで相殺した感じである。毎月750円もとりながらにしては高くないですかね…

その上ショップで即日手渡しではなく、翌日郵送になるという謎のシステムだったし。

 

億男感想

 

億男

億男

 

 久しぶりに、紙の本を購入したので少し感想を。

アマゾンレビューでは散々な言われぶりであったが、僕は面白かった。

テーマは一貫してお金と幸福の関係である。

一体いくらお金があれば幸せになれるのか?年間の消費×余命で算出できそうだが、これが実は複数因子が絡む複雑な話になるのである。

まず環境が一定でないことに加えて、僕ら自体が一定ではないからだ。

 

金に執着して貯蓄を積み上げて死ぬのは馬鹿らしいし、さりとてお金のためにしたいことを諦めるのも嫌だ。 そんなことを考えている人は是非読んでみてはいかがだろうか。

下積みは人生のいつまですべきなのか?

今年で38歳になるのですが、いまだに下積みをしているという感覚である。感覚というか実際、360度どっから見ても下積みをしているおじさんである。

65歳で定年だとすると、残27年ということになる。長いような短いような。

看護師として臨床では中堅を超えて、上から6番目の年齢ということになり、ほとんどが年下である。ちなみに僕は退職と復職をしている関係とその実力からヒラの看護師をしている。このような環境から、一体僕はいつまで下積みをするのだろうか…と思い至ったのだ。

まずは、下積みの定義が定まらないと、議論にならんので、

下積みって何ー?google先生に聞いてみた。

 

google先生”いつまでも他人の下に使われて出世できないこと。そういう人。”

 

なかなか手厳しいことおっしゃいますね。。。

 

それなら、役職者ならばそれは下積みではないということか?

しかし、まだ疑問はある。役職には上には上がいるではないか。

臨床においては副師長になっても師長が。師長になっても看護部長が。

大学においては助教になっても講師が、講師になっても準教授が、准教授になっても教授が。更に上の学科長や学部長、学長が。

そうなってくると、人生の大半というか、人類のほとんどは下積みの内にその生涯を終えるということになるので、下積みという言葉の雰囲気に合わない気がしてくる。人生これ下積みでは何か変だ。3年間ボール拾いをしている高校球児なんて高校球児なのかマネージャーなんかわからんように、人生のプレイヤーとして生きている感じがしない。

 

これは何故なんだ。どうやって人類はこの問題を自己解決しているのか?

 

少し逡巡すると、大半の人はTOPまで上り詰めようなんて考えてなくて、自分の実力を勘案してゴールを決めており、そこを達成した瞬間から下積みをしているという感覚ではなくなっているのではなかろうか。

 

これが自分のゴール、目的達成!後は余生!このポジションキープすんねん!となる時から下積み感覚から開放されるのではないか?

 

つまりヒラの看護師で一生やってくぞ!と決めた瞬間から下積み感覚からは脱却できるということか。 いや全然そんなん無理なんやけど。

 

つまり、下積みとは心のありようであり、今すぐ脱却することもできるし、一生つきまとうこともできる。

 

では人生のいつまでを下積みとすべきなのか?

これはなかなか難しい。自分の能力と環境から伸びしろを自分で予測しなければならないからだ。

未来の予測というのはいつだって難しい。複雑性の塊だから。

そして各人で寿命も違うし、目指す生活も異なるので、何歳までに。っていうのは一般化できそうもない。各位が自分の場合は・・・?って考える他なさそうである。